2020年に読んだ本まとめ
一年の暮れに、その年に読んだ本をまとめるようになってしばらく経つ。どんなに締切に追われようと、この儀式めいた作業は好きなので続けている。
ぼんやりと時間を過ごしてしまわないために、もしくは忙しなく過ごして長期的な思考を見失わないために、何がインプットでアウトプットだったのかを意識することは、とても大切だ。
アウトプットは、研究者の “ひよこ” という立場であるので、論文であったり学会発表であったりと、見えやすい形で出てくる。一方、インプットは可視化が難しい。今の自分の立場では、誰それの講義を受けた、何の本を読んだ、論文を読んだ、どこそこの学会に行った、といった類いのものが該当するのだろう。でも、それらを省みる機会は存外ないものだ。
だから、この儀式めいた作業はインプットをまとめる機会として好都合なのである。一年に一回、人に晒しても可笑しくない程度のインプットに関する文章を残しておくことで、知識に偏りが見えたりだとか、足りない視点が見えてきたりとか、来年はこういう知識を入れようとか、恩恵は多いように感じる。
本の分野は関係ない。ファンタジーから誘発されるワークは無限にあるのだから。
では本編。過去回は以下より。
1. ホワット・イフ?:野球のボールを光速で投げたらどうなるか
著: ランドール・ マンロー, 大学図書館より
理工系のオタクなら絶対に楽しめる最高の本で、タイトル案件のような極限の現象を科学に基づいて考察する。著者は NASA 出身のエンジニア。主に電車の中で読んでいたのだけれど、終始吹き出しそうになって大変だった。高校生くらいのときに読みたかったな。
2. 奇術師
著: Christopher McKenzie Priest, 購入
信頼できない語り手の典型例であるプリーストの代表作。昨年読んだ同じ著者の「隣接界」がとにかく素晴らしくて、もっと世界観に浸りたかった。何冊かプリーストは読んだけど、本作は読みやすく、入門向けの立ち位置。手品・マジックがテーマなんですが、ここで示されている原則は、自分のプレゼン手法とかに影響を与えているような。
3. 科学と仮説
著: Jules-Henri Poincaré, 大学図書館より
ポアンカレ大先生の著作である。読むのに体力と時間を要する。あまり深く読みこなせず、内容に対して実感をもてなかった。恐らく、真剣に科学とか研究とかいったものに向き合い続けて、二十年後くらいに再読すれば異なる印象をもつのだろう。
4. 誰のためのデザイン? — 認知科学者のデザイン原論
著: D. A. ノーマン, 購入
僕にとっては、ヒューマンエラーの殺し方を扱った本。プロダクトデザインにおける “アフォーダンス” を取り扱っていて、例えば、複数ある電灯のボタンをどう配置すべきかなど。ヒューマン・コンピュータ・インタラクション界隈では聖典らしい。アフォーダンスという言葉は、ギブスンという生態学者の文脈とノーマン(著者)の文脈のどちらで使うかでニュアンスが異なるので注意。ちなみにこの本によると、ノーマンとギブスンは喧嘩するような仲だったらしい。
5. 魔法
著: Christopher Priest, 購入
信頼できない語り手のプリーストの本で、いわゆるネタバレは厳禁なやつである。序盤はかったるい。これは褒め言葉だが、最後の最後でブチ切れたくなる。マゾ性の高い好きな本である。
6–8. 月蝕島の魔物 / 髑髏城の花嫁 / 水晶宮の死神
著: 田中芳樹, 市立図書館から
銀河英雄伝説で有名な著者による、イギリス・ヴィクトリア朝が舞台の冒険団である。大昔に、それこそ中学生くらいのときに読んだ気がするが、内容は忘れていた。母親が借りてきて、ひたすらリラックスするために読んだ。イギリス行きたい。
9. RAW DATA
著: Pernille Rørth, 購入
心臓に悪い本で、研究者な人たちであれば、読みたくない読みたくないと言いつつ読んでしまいそうな本である。研究不正を題材に、リアリティあふれるラボライフが描かれる。僕はコンピュータ・サイエンスで畑違いなのですが、RecSys-19 のベストペーパー のような話もあるので、透明性の高い取り組みをし続けたいものです。
10. できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか
著: ポール.J・シルヴィア, 購入
今年4月に博士課程に進学したので心構えとして読んだ。主張はいたってシンプルで、論文執筆の時間をスケジュールに確保すること。耳が痛い本である。実践はしてるような、してないような。
11. scikit-learnとtensorflow による実践機械学習
著: Aurélien Géron, 購入
機械学習は使わないのですが、常識として知っておきたいですよね。過去に PRML を楽しんで読破していたので、手を動かしたいと思って取り組みました。理論は雑なんですが、包括的にコードを書けて良い入門本だったな。最近第二版が出たらしい。
12. Multiagent Systems: Algorithmic, Game-Theoretic, and Logical Foundations
著: Yoav Shoham, Kevin Leyton-Brown, 購入
マルチエージェントという分野は広くて雑然としていて系統立っていない印象があり、地図を作りたかったので読みました。非常に良いイントロ本だと思います。 Coursera にゲーム理論のコースと並行して読み進めていました。ちなみに Kevin は AAAI-21 の Program Chair 。来年はもう一冊くらい同様のトピックの本を頭に叩き込みたい。
13. 自律ロボット概論
著: George A. Bekey, ラボから
研究において、AI & Robotics で言うと AI 寄りの立場にいますが、モチベーションの一つは、明らかに自律ロボットです。今後の研究のスタンスをつくるために読みました。百科事典的な本で、楽しみながら読むことが可能です。日本発の研究がたくさん載っています。いつか自分の作品をこういう本に載せたい。
14. 逃亡派
著: オルガ・トカルチュク, 購入
2020 年のナンバー1。著者はノーベル文学賞受賞者。渋谷のジュンク堂でふと手にとったものですが、出会えて本当に良かった。構成、題材、翻訳、文体、余韻などの全部を含めてとにかく好みで、読み進めることに勿体なさを覚えた本。 “旅” をテーマにした 116 の短編が散りばめられています。
名刺代わりの小説10選 にランクイン。
「ゆれろ。動け。動きまわれ。それが唯一、やつらから逃げる道。世界を支配するものに、動きを制する力はない。やつも承知だ、動くわれわれの身体が聖なるものだと。動くときだけ、やつから逃げられる。やつが支配できるものは、動かないもの、固まっているもの、意思のないもの、力のないもの。」 — 逃亡派の女は何を言っていたか
15. 論理学をつくる
著: 戸田山 和久, 購入
Multiagent の本の最後の方が論理学の内容を扱っていて、そういえば論理学は本として読んだことないなと思って勉強しました。巷では “ゼロから作る xx 本” が流行っていますが、これは論理学バージョンだと言えます。良書。学部1年生くらいのときに読みたかった。
16. Measuring Computer Performance: A Practitioner’s Guide
著: David J. Lilja, 購入
輪行本でコンピュータ・サイエンスに題材を絞った実験計画法などがトピック。少し古いし内容もそんなによくなかったかな。。。ANOVA の導出は丁寧だった記憶があります。
17. The Elements of Style, Fourth Edition
著: William Strunk Jr., E. B. White, 購入
英文執筆に関する最も基本的なルールが書かれている有名本で、論文執筆のスキルを上げたいので読みました。ちっちゃくて可愛い。一度は目を通しておき、必要に応じて何度も読み直すような本。
18. データ分析のための数理モデル入門 本質をとらえた分析のために
著: 江崎 貴裕, 購入
話題本。幅広い数理モデルを分野を横断して取り扱う本。機械学習もちょこっと取り扱っています。概観図をつくるためにはいいんじゃないでしょうか。詳細は文献あたってねというスタンス。血迷っている人に差し出したくなる本。
19. Automated Planning and Acting
著: Malik Ghallab, Dana Nau, Paolo Traverso, 購入
自分の研究テーマを確立していくべく読んだ本。いわゆる AI プランニングを扱った 2016年出版の新しめの本である。非常に楽しみながら学んだ。ちなみに著者主催のサマースクールに参戦してました。
日本において AI プランニングのコミュニティを知らないのですが、あるのでしょうか、あったら教えてください。。。
20–21. 双生児 (上/下)
著: Christopher McKenzie Priest, 購入
著者のプリーストいわく「もっとも “完成された” 小説にいちばん近づいた作品」だそうだが、解説を読んで初めて何が起きているのかわかった本。非常に難解。読んでる最中は苦しくて何度もギブアップしかけたが、読後に好きになれた本。好きだが勧めにくい。
22. 地図と領土
著: Michel Houellebecq, 購入
一人の芸術家の一生を描いた本で、著者自身が登場する。著者が過激な題材を扱ってきた人だと伺っていたので身構えていたのですが、静かで淡々としている本。孤独に頑張る人たちに勧めたい。
23. 研究者としてうまくやっていくには — 組織の力を研究に活かす
著: 長谷川 修司, 購入
講義がきっかけで読んだ。職業研究者になるのかどうかはまだまだわからないけれど、キャリア別でどういった点に気をつけるべきかが記載されている。学部3年生くらいで読みたかった本。
24. 空のあらゆる鳥を
著: チャーリー・ジェーン・アンダーズ, 購入
ローカス賞を始めとして賞をたくさんもらっている SF ファンタジー。面白いとは思わなかった。
25. 夢幻諸島から
著: Christopher McKenzie Priest, 購入
プリーストの本。短編たちがゆるく繋がりながら世界観を構築している。「奇術師」や「魔法」ほど騙されることはないが、それでも信頼できない語り手は健在。最凶最悪の昆虫スライムが大活躍する。
26. システムの科学
著: ハーバート・A. サイモン, 購入
著者はノーベル経済学賞も受賞している人工知能研究の草分け的な存在。取り扱っている内容はさすがに古いかな。著名な本ですが、あまり勧めようとは思わない。
27. あなたの人生の物語
著: Ted Chiang, 購入
2020 年のナンバー2。表題作は映画化されている SF で(メッセージ)、青い服の友人をはじめとして方方から推薦されていたので原作を読んだ。著者は物理とコンピュータ・サイエンスを学んでいて、寡作な人。収録されている全作品が凄まじくハイレベルで、ああこれが天才ってやつなのかと思うほど。個人的には「地獄とは神の不在なり」が好きです。
名刺代わりの小説10選 にランクイン。
28. Introduction to Distributed Self-stabilizing Algorithms
著: Karine Altisen, Stéphane Devismes, Swan Dubois, Franck Petit, ラボより
研究を進めるために読んだ。分散アルゴリズムの一分野に自己安定というものがあるのですが、その一線の研究者が書かれた本で2019年出版。けっこう使った。証明が少しかったるく感じたのですが、僕がそういう性格の人間なのでしょうね。口外はできないけど面白い案件もありました。
29. 昼の家、夜の家
著: オルガ・トカルチュク, 購入
「逃亡派」と対になるような内容で、 “土地に根ざすこと” を主題にもってきている。 “老い方” なんかもキーワードかもしれない。著者がコラムニストをやっている故か、ひょんなところでユーモアの効いた文章が入る。邦訳本はもう一冊出てるのでそのうち読みます。
30. Science Research Writing For Non-Native Speakers Of English
著: Hilary Glasman-Deal, 購入
もっと早く読むべきだった本。言語に関わらず、論文の書き方を学ぶのにはとてもいいテキストで、実際、講義の参考書にも挙げられていた。ところどころに皮肉が入っていて、例えば “later date” とあなたが論文で書いたのであればそれは “sometime if I don’t change careers” を意味することになるのだ…
31. Autoware :自動運転ソフトウェア入門
著: 安積 卓也, 福富 大輔, 徳永 翔太, 橘川 雄樹, 清谷 竣也, 加藤 真平, 藤居 祐輔, 大里 章人, 購入
研究用。自動運転の OSS である Autoware に関する唯一? の本。もう内容古いんですかね。
32. アルゴリズムイントロダクション 第3版 総合版
著: Thomas H. Cormen, Clifford Stein, Ronald L. Rivest, Charles E. Leiserson, 購入
アルゴリズムの聖典。今まで辞書としてしか使っていなかったのですが、全部読み通すぞと決心して取り組み、1000ページ近くを読破しました。これを題材に研究室メンバーで非公式な輪行をやったので、一緒に問題を解いたりコードを書いたりしたこともあり、楽しい思い出も多いです。翻訳者の何人かは存じ上げている先生です。僕のスライドはこちらから。
(カンデルはさすがに読まないと思うけど。。。)
33. 息吹
著: Ted Chiang, 購入
SF です。著者は「あなたの人生の物語」と同じ。自由意思に纏わる考察が秀逸で、やはり収録されている全ての作品がハイレベル。「知性の極限を追求した世界最高水準のSF作品集」と評されていますが、納得の完成度です。
34. 配色スタイル ハンドブック
著: ローレン・ウェイジャー, 購入
漠然と、こんな雰囲気感を表現したいなと思ったときに参考になる本です。一冊でいいから配色本をもっておきたかったという狙いもあります。綺麗な本で眺めているのが楽しい。
35. 法のデザイン
著: 水野祐, 購入
数年前、友人に勧められた本です。リーガルデザインというコンセプトは触れたことがなく勉強になりました。最近の事例を多く取り扱っているように見えますが (Airbnb など)、この業界はどのくらい流れが速いのだろう。見た目が荘厳な本。
36. Land of Lisp
著: Conrad Barski, M.D, 購入
LISP にはちゃんと触れたくて、ずっと前からこの本は気になっていました。さあ、みんなで LISP の歌を歌うんだ!ジョークはさておき、ゲームを作り込みながら LISP の諸側面を学ぶのですが、構成がとにかく素晴らしい。著者も楽しみながら作った本なのだろうな。
37. テスト駆動開発
著: Kent Beck, 購入
ソフトウェア開発者ではないのでユニットテストなど開発に纏わる常識を持ち合わせていないのですが、コードを共有する文化にいる以上、知識をもってある程度実践していかなければなと思い、手に取りました。実践あるのみ。テスト駆動開発は部分的に取り入れています。
38. Fundamentals of Data Visualization
著: Claus O. Wilke, 購入
万人にお勧めできるデータ可視化の素晴らしい本。研究を進めていく上でDataViz は切り離せないスキルのはずですが、 “訓練” する機会はほとんどありませんよね… 先生に勧めたら講義で紹介したとのこと。無料でも読めるのでぜひ!
39. 日本SFの臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人からの手紙
編者: 伴名 練, 購入
埋もれてしまった日本 SF を引っ張り上げることを目的としたアンソロジー。恋愛編と名打たれていますが、そうとは括られにくい話も収録されています。各作品の前に解説が入るのですが、これが熱い。
40. 思考と行動における言語
著: S.I.ハヤカワ, 購入
全人類にオススメできます。ずっとこういう内容を論じた本がないかと探して、ようやく出会えました。学部3年生くらいのときに読みたかったな。地図と現地、言語の魔術、内在的・外在的な思考、抽象のレベル、二値多値の評価など、文章として触れたかった内容を包括的に噛み砕いて解説してくれています。
41–43. マルドゥック・スクランブル The 1st Compression / The 2nd Combustion / The 3rd Exhaust
著: 冲方 丁, 購入
著者による作品は「天地明察」の方が有名なんでしょうか。マルドゥック・スクランブルは名前は知っていたけれど手を出していなかった作品で、一気読みしました。もっとサイバーパンクチックな作品だと予想していましたが、予想外にカジノ、特にブラックジャックのシーンが熱い。
44. しっかり学ぶ数理最適化 モデルからアルゴリズムまで
著: 梅谷 俊治, 購入
話題になった本ですね。線形計画法の解説がとても丁寧です。非線形計画はそこまで学んだことなかったので勉強になりました。離散最適化のカバー範囲も広く、全体としてとにかくボリューミーです。入門というより二冊目な扱いだと思います。おすすめ。
45. 日本SFの臨界点[怪奇篇] ちまみれ家族
編者: 伴名 練, 購入
入手困難な作品を人の目に晒すべく組まれたアンソロジーで、こちらは怪奇編。どの作品も面白く、パッと開いたところから読めばいい。「雪女」がとても好み。
46. できる研究者のプレゼン術 スライドづくり、話の組み立て、話術
著: ジョナサン・シュワビッシュ, 購入
プレゼンに関して、下手ではないのですが、上手でもなく、まだまだスキルアップの余地はたくさんあります。研究者は自分の仕事をアピールしてなんぼの世界だと思っているので、研鑽を怠りたくないと思い読みました。一回だけでいいので目を通しておくべき本。
47. 黒祠の島
著: 小野不由美, 購入
10年ぶりくらいの読み直し、一気読み。邪教を題材にしたミステリで、設定がとにかく好み。
以上です。今年記録に残していたのは 47 冊でした。66 → 58 → 43 → 31 → 47 なので少し持ち直しましたが、本当は100冊くらいは頭に入れたいですね。。。ただ良い本に恵まれた年でした。2021 年も良い読書ライフを!